6月29日、後楽園ホールで行われたPHOENIX BATTLE89
そこに注目の選手がいた。
勝てば現役続行、負ければ引退という試合に臨むプロボクサーがいる。
その名は加藤寿(ひさし)
「いつも試合前は怖いです。
定年前だから特別に、ということはないんですよね」
間もなく37歳になる加藤寿は落ち着いた口調で言った。
小学6年の時に辰吉丈一郎の世界戦を見てボクシングにあこがれ、20歳でプロボクサーになった。
以来、15年以上、同じ板金加工の会社に勤めながら、こつこつと練習を積み、リングに上がってきた。
所属する熊谷コサカジム(埼玉県熊谷市)では、30歳になった頃から最年長になった。同世代の選手もめっきり少なくなった。
身長は182センチ、階級は主にウエルター級(約66・7キロ以下)。
戦績は10勝(6KO)10敗2分けのサウスポーだ。
日本ランキングに入ったことはない。
国内の規則では、基本的にランク外の選手は37歳になると引退になる。
加藤は試合の翌日、6月30日が37歳の誕生日だ。
相手は日本ランカー。
加藤が勝てば、ランキングに入り、プロボクサーとして生き残ることができる。
同じ相手との試合は当初、1月11日に組まれていた。
しかし、試合8日前、最後の仕上げのスパーリングの最後のラウンドで、加藤は左足のアキレス腱(けん)を断裂してしまった。
試合は中止になった。
その時点で36歳6カ月。「定年」まであと半年しかなかった。
もちろん引退が頭をよぎった。
だが、まだ戦いたいという思いを分かってくれた医師、退院後もサポートしてくれた鍼灸(しんきゅう)師の後輩らのおかげで、37歳になる前日に再度、試合を組むことができた。
「けがをしてからの半年は早かったです。
リングに上がるまでの残りの日も、あっという間に過ぎていくんでしょうね」
大一番を前に、同学年のボクサーから刺激を受けた。
6月14日、37歳の近藤明広(東京・一力ジム)が東洋太平洋スーパーライト級タイトルマッチで勝ち、3度目のタイトル獲得を果たした。
加藤と近藤は同じ埼玉出身で、若い頃は実戦練習のパートナーだったこともある。
加藤は言う。
「昔は、スパーリングをしても、そんなに力の差を感じたことはなかったんです。
近藤君は大事な試合に勝って、気づけば大きな差が開いてしまいましたね」
1985年度生まれのボクシング仲間、10人ほどでつくるLINEグループ「85年会」がある。
現役を続けるメンバーはもう加藤と近藤だけになった。
「次は加藤君の番だ」
王者になった近藤から、そうメッセージが届いた。
加藤はいつもの試合の時と同じように、試合2日前まで会社で仕事をする。
休みなのは計量がある試合前日、試合当日の2日だけ。
翌日には、また仕事に出る。
「いつも試合は、やってきたことが出せるか、出せないか、それだけです。
ずっと、そう思って戦ってきましたから。
今回も、いつも通りです」
できることは全てやってきた。
そう思えるから、最後になるかもしれない、という感傷はない。
相手は日本スーパーウエルター級6位の安達陸虎(大橋ジム)
19戦16勝(12KO)3敗
加藤寿
10勝(6KO)10敗2分け
安達は24歳、加藤はあと1日で37歳となる
試合の勝敗予想
安達の勝ちが74%、加藤の勝ちが26%
この数字以上に安達が普通に倒して勝つと思っていた人が多数だと思う。
いよいよ試合のGONGが鳴らされた・・・
サウスポー加藤が忙しくジャブを飛ばしながら左ストレートを狙うのに対し、安達はプレスをかけて右ストレートをヒット。
試合が動いたのは2回。
安達は右ボディストレートをヒットするが、加藤は冷静に対応すると左ストレートを直撃!
痛烈なダウンを奪った。
再開後、距離を詰めると再び左ストレートを決めてキャンバスに沈めた。
試合翌日37歳のボクサー定年を迎える加藤がランキング奪取に成功。
現役続行の条件となる日本ランキング入りを確実とした。
7月1日発表の日本ランキングで6位に入った。
この試合でボクサー人生が決まる大一番での勝利!!
強いやつが勝つのではなく、勝ったやつが強い!!
これだからボクシングは面白い!!
※伊藤雅哉さんの記事、ボクシングモバイルの記事、写真を引用。伊藤さん、ボクモバさんありがとうございます。